神保町をDP2xの ISO1600 でスナップ。
はなからカラーはあきらめている。
白黒としては立派に写ってくれた。
この本ご存知?
ホームレスの人が販売している。
自立のきっかけにするための事業。
神保町の小宮山書店で木村伊兵衛のヴィンテージプリント展を開催している。
それを観るためにやってきた。
ヴィンテージプリントの定義もいろいろあるようだが
ここでは「本人がプリントしたもの」ということだった。
あまりに高額でよく覚えていないが百万円単位だったような...。
おっと、きょうは寄り道なしで....
おっとこちらはジャズ喫茶...
木村伊兵衛のための散歩だったのではあるが...
実はその後も森山大道が気になっている。
大好きで気になっているのではなく、良さがわからず気になっているのだから始末が悪い(笑)。
- ぶれ、ボケ表現は森山以前からあった
- どうやらウィリアムクラインのまねごとから始まっている
- 写真は社会の動きと関係している
反体制、既成概念を打ち砕くといった精神を反映した表現か
- (フリージャズも60年代当時の同じような発想、
ムードの中から生まれたものと解釈して良いのか)
- 当時の作家の間でも必ずしも好意的に受け入れられていなかった
- ぶれ、荒れ表現を行っていた当事者達も後に無理があったと認めていたりする
結局一時的なファッションに過ぎなかったのであろうか...
ちなみにぶれ、荒れ、ハイコントラストのような仕上げ自体に違和感は感じない。
ぶれはスピード感、緊迫感、あるいは曖昧な感じとか
荒れは堕落、荒廃した感じとか
ハイコントラストは事件性とか
それぞれに写真の意味を強調出来るエフェクトなのであれば
積極的に使えば良いはず。
個人的に謎なのは被写体の選び方。
あるいはまとめ方とか。
なぜ、何のためにあのような写真を大量に撮り
ばかでかい写真集を出版していたりするのか。
[SIGMA DP2x]
また今の時代にあの写真に衝撃を受ける人というのは
どの部分に共感しているんだろうか。
ハイコントラストで抽象的な写真に単なるデザイン的な心地良さを感じているだけなんだろうか。
それとも本来表現したかったなにかを感じ取れているんだろうか。